2014年11月26日

【001】いつか通った道 / ネットの穴かがり

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 家の近くに「老人介護施設」がある。これはいわゆる「老人ホーム」(特養)ではない。リハビリという名目で、介護が必要になった老人をしばらくの間(長くても3ヵ月くらい)預かってくれる施設であり、あくまでも「治療後は帰宅」が原則だ。

 ここに入所させた家族の本音としては、できれば「特養」に入れたいのだが、なかなか順番は回ってこないし、民間のそうした施設だと、マンション1戸分の入居費と月々のお金もかかる。せめてもの願いに、ちょっとだけど応えてくれるこの「介護施設」は、日々の介護に疲れている家族には大いに助かる。

 一旦、退所してもまたしばらくして入所させられる。それまでは、せいぜい週に2日程度だが、半日ほど預かってくれる「ディサービス施設」に頼むしかない。とくに入浴が助かる。ほとんどが老々介護のはずだから。

 ボクも父と母の介護の間、こうした施設、サービスを利用した。もともと腰の弱かった父は、それなりにリハビリにも興味を示したが、筋萎縮で運動障害がある母はただ寝ているだけだった。結果として父は「特養」に入ることなく亡くなり、母は「特養」に入れたものの、ほぼ植物人間のまま2年して今春に亡くなった。

 ベランダの前の道が、この施設へ通う道になっている。そこに通う家族らしい人々をしばしば見かける。日に日に外見すら見違えるように老いさらばえていく親の姿は、子供の(といっても50歳から60歳)心を痛くする。

 下を向いたままの中年女性が通る。散歩に連れ出したらしい父親の手を引いてゆっくり歩く初老の男性が通る。孫なども連れて、一見にぎやかそうに通る家族もいる。

 夜になると部屋ごとに灯りがともる。どういうシステムなのかわからないが、深夜を過ぎても灯りが消えない部屋もある。介護度が進み、症状が急変する恐れのある人の部屋かもしれない。ひとつだけ、いつも朝の4時頃に灯りが消える部屋もある。

 ラジオの「深夜便」でも聴いて、あるいは読書でもして、これから寝る夜更かしな人なのかもしれない。だれもが老人性痴呆になっているわけがない。意識が明晰なまま身体だけが意のままにならない人だって多いはずだ。

 ボクが両親の介護についたのは56歳の時からだった。8年がかりで解放された。この道を通う家族の気持ちは少しは分かる。しかし次に待っているのは、入所者としての自分だ。誰もが通る道ではあるが・・・。

 夜更かし族のボクはきっと、夜中までタブレットでYouTubeなんぞ見ながら明け方まで起きているのだろう。それとも何もわからないでひたすら子供の頃のことだけを夢に見て寝ているだけのムクロになるのかも。それもしあわせかな。

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2014年11月28日

【002】飽きたぜ!無印、ユニクロ / ネットの穴かがり

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 今日、ちょっとしたものを探しに新宿の某デパートに行った。

 9階フロアの1画でバーゲンをやっており、何気なくのぞいたら、黄瀬戸のそばちょこと目が合ってしまった。「買うんだろ?」とちょっと肌の荒いそいつがボクに声をかけた。

 たち吉だから素性はそう悪くない。思わずそれを右手にとる。2歩ほど歩くと、「おっさん、おっさん」とまた声をかけるのがいた。有田のそばちょこだ。うすい紺でなんとものったりした筆で富士山が書いてある。

 こいつを左手に握って、5歩ほど歩くと、「グーテンタグ」という声。見ると、なんとも珍妙に取っ手がぐにゃりとめぐってカップと一体化したようなのがあるではないか。ドイツの「ビレロイなんとか」というブランドらしいが、愉快な形が気に入った。

「いや、待て。ボクは何をしているのか」と自問。昔から焼き物は好きだった。だが、生活がシュリンクしたこともあるし価値観も変わって、こういうものを買い集めることは自粛してきたはず。興味も失っていたはずなのに、どうしてしまったのか。

 ・・・やめとけ、やめとけとブレーキがかかり、ボクはそいつには「アウフビーターゼン」と言って別れをつげ、結局、両手のそばちょこ2つだけで我慢して帰ってきた。しめて3200円也。

 この数年、こうした食器類は、当座の間に合わせでいいやと思ってスーパーの一山いくらのものとか、せいぜい無印良品の地味なものですませてきた。家具や寝具や衣類だって、ほとんど無印かアマゾンの安い家具ばっか扱う山善のものばっかだった。衣類についてはユニクロものも多かった。

 初期の無印には一種の文化的主張があると思った。余計な装飾、加工はやめて、色目も限定、素材も綿か麻・・・。氾濫していた合成もの、はでな色味に対するシンプルライフの提案だと受け止め、共感もした。

 しかし、気が付いたら、周りが無機的で味気なくて、デザインの遊びがないものばかりになった。それでも、自分で選んだ生活スタイルだと言い聞かせてきた。この方が飽きがこなくていいのだと言い聞かせても来た。

 でも、もうそういう趣味には飽きた。どうせ長くもない余生なのに、なんで禁欲的に、長持ちするという”幻想”を選ぶのか。飽きてもいいから、楽しいもの、美しいもの、ユニークなものを周りに置いた方がいいじゃないかと、思うようになってきたと自覚している。

 ユニクロも、安くて良質というコンセプトを支持した。でも、猫も杓子も同じものを同じ理由で買い求める。広告のモデルとは全然違う連中が、スキニーのジーンズを、ひざ裏やかかとにしわ寄せてはいている。メタボ体系の男が鹿の子のポロシャツを着、短い脚でカーゴパンツをはく。

 町中がこういう連中ばかりになった。もう飽きた。だから、今日はデザインTシャツだけ売っている小さな店で初めて1枚買った。たしかに980円ではなかったけど、3000円なら高くもない。ボクも自分の柿渋Tシャツをそれくらいで売っていた。これから、1シーズンごとに箪笥の中のユニクロものと無印ものは捨てていくと思う。

 こういう気分の変化を感じて、消費行動に移しているのはボクだけじゃない気がするが、いかが?

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2014年11月30日

【003】65歳の地図 / ネットの穴かがり

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 中上健次の初期の作品に「十九歳の地図」があったね。新聞配りの主人公(19歳)が、300軒の家々を回りながら、自分のノートに描いた町内地図、憎悪を抱いた家を「×」印でマーキング。

 その怨念が、どんどんエスカレートして悪戯(復讐?)を開始する。とくに彼がはまったのが脅迫電話だった。今なら完全にストーカー犯罪。

 その一方で、同居している新聞配達の先輩のふしだらな日常も嫌悪するのだが、ふとしたことから、彼とその先輩とその彼女が1点に交錯する・・・そして。

 これは映画にもなったな(1979年)。小説とは違うけど、いい映画だった。この時代、この年齢、この怨念そして中上健次らしさがビシビシ感じられた。

 この年は、米国スリーマイル島で原発の事故が起きた。カラオケ好きには、日本の歌謡曲最後の栄光の年ともいわれる(これはボクのウソ。でもいい歌がたくさん出たのは事実)。のちにあの尾崎豊が、この小説に影響を受けて「十七歳の地図」という曲も作った。

 そして今、思う。ボクが「65歳の地図」という小説なり映画なりを作るとしたら、どういう設定にするだろうか、と。

 たぶん、65歳ながら比較的元気なので、近所のディサービス会社に仕事を得る。そして、毎日、近所の家々を回って、要介護の老人たちを施設に送迎する仕事をする。そうしているうちに、家族関係がしっくりしなくて、要介護老人を適切にケアしていない家に出会う。

 それをボクは、自分のノートの地図に「×」印をつけていくのだ。そして、どんな「天誅」を下すべきかを考えて、ある日から、ひそかに実行に移す。その手段とは・・・ジャーン! フフフ、内緒だな。

 でも冗談ではなくて、そういう思いを抱いている介護サービス関係者がいそうだ。

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2014年12月02日

【004】「お茶漬けの味」がいいなぁ! / ネットの穴かがり

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 最近はYouTubeの古い映画にはまっていて、1940年代の米国フィルムノワールものから、日本の白黒映画までかなりたくさん観た。後者の中でも気に入ったのは、まず清水宏監督の「有がたうさん」(1936年松竹大船)。

 日本映画界が本格的にトーキーの時代を迎えたこの時代、川端康成の「掌の小説」を原作にした『有りがたうさん』を発表。若き上原謙や桑野通子などが出ていて、伊豆の街道をバス1台で走りながら、その中でとられた全編ロケーション。

 行き交う誰にでも「有りがたう」と声をかける運転手は、当然、街道の人気もの。街道の風景とバスの乗客たちの人間模様がおもしろい。トーキーの実験真っ最中の作品だから、俳優たちのセリフのしゃべり方が異様にスローである。この時期、何事にも新技術に慎重だった小津安二郎ははまだトーキーを手掛けず、スタッフたちと試行錯誤を続けていた。

 映画の中には、明らかに「伊豆の踊子」へのオマージュと思えるシーンがあったりするが、ハッとさせれるのは、途中で朝鮮人労働者の一行と行き交うところ。徴用なのか出稼ぎなのかは今ひとつ判らないが、226事件が起きていたこのころであるし、朝鮮併合下にあり、困難な道路建設やトンネル工事、鉱山採掘などにこれらの人々がたくさん働いていたことがわかる。これは原作にはないエピソードだ。

 でも、一番気に入ったのは、小津の「お茶漬けの味」(1952年松竹)だった。佐分利信と木暮美千代が夫婦役の主演で、田舎ものの亭主にお嬢様育ちの妻がツンケンしながら仮面夫婦のように暮らしている。とくに亭主がごはんに汁をかけて食べるのが下品で大嫌いだった。

 その二人も、姪の見合いからついに衝突したまま、亭主は急な海外出張が決まる。そして・・・最後に和解。このとき、大事なエピソードが、二人で台所でお茶漬けを食べるところ。夫はいう。「僕はカジュアルで、親密なことが好きなだけなんだよ。夫婦というのはお茶漬けの味みたいなものなんじゃないのかな・・・」と。

 何度も離婚したボクとしては身につまされる。この境地がわかるまで、なぜ我慢できなかったかと。いや、楽しめなかったかと(苦笑)

 英語のタイトルが『Flavor of Green Tea Over Rice』となっているのはあまり良くないと思うが、これで検索すればたくさん見つかるし海外の視聴者のコメントとくに小津信者のものがたくさん読める。

 小津は原節子や笠智衆を起用したものとくに「のりこ」ものばかりが称揚されるが、彼のわずかな作品のほとんどは白黒、さらにそのほとんどが無声映画でもある。「突貫小僧」なんかを起用したものもおもしろい。基本にあるユーモアと簡明さが世界に受けたのだと思う。まだ観てない人はご一覧あれ。


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2014年12月04日

【005】団塊世代の分かれ道 / ネットの穴かがり

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 何かと評判の悪いボクら団塊の世代(1947〜1949年生まれ)だが、ようやく定年を迎えるようになって社会の前線からは撤退しつつある。うざい上司ではなくなる。

 といっても莫大な年金をかすめているのだから、依然として迷惑な連中である。といってどんなに肩身を狭くしてみても、3年分で800万人もいるのだからその存在感は圧倒的だ。

 ひとからげにされる団塊世代でも、ボクにいわせると2種類に分かれる。その2つに分かれた時期もはっきりしている。1962(昭和37年)だ。この年になにがあったのか?

 この年イギリスのリバプールから4人の不良っぽい若者のバンドが「ラブミードゥ」という曲をひっさげてメジャーデビューした。そう、バンドの名前はビートルズ。そしてまたたくまに世界中に熱狂的なブームを引き起こした。

 一方、わが日本では、売れない流しの歌手だった北海道生まれのあんちゃんが、「なみだ船」という曲でデビュー。こちらもその年もレコード大賞新人賞をとってミリオンセラー(もちろん日本国内だけだけど)。あんちゃんの名前は北島三郎、サブちゃんである。

 団塊世代は、ここでどちらのファンになるかで2つに分かれてしまった。「ロッテ歌のアルバム」か「9500万人のポピュラーリクエスト」かの違いでもある(わかるかな?)。

 さらに2年後、ビートルズは「抱きしめたい」で日本でもデビュー。ブームに一層の拍車をかけた。サブちゃんもNHKの人気番組「夢で逢いましょう」で、永六輔と中村八大の「六八コンビ」による「帰ろかな」が今月の歌になってファン層を拡大した。

 洋楽系と演歌系の2つの道をファンとして追い続けた団塊世代は、その感受性の違いが、価値観の違い、生き方の違い、派生する文化の違い等々となって互いに対照的だった。今もカラオケで、それぞれの青春を追慕しているのだ。

 実は、この2種の中間もいない訳ではない。あまりにくっきりした対立を避けるように、やたらジメっとしたフォークとかニューミュージックとかに逃げ場を見いだした連中である。ま、その連中のことはいずれまた。

 かくいうボクは、断固たる洋モノ系だった。ビートルズについては辺境の田舎に住みながら全部のレコードを持っていた。want toという歌詞はwannnaとくずしてもいいんだというような、学校では教えない実用英語も唄から覚えた。

 さらにロックを軸にJAZZやブルースが好きになってン十年が過ぎた。でも「人生はロックンロール」とか言ってる内田某は、ボクら団塊世代より10歳以上で、せいぜいチャックベリーとかのファンだったはず。だからちょっと肌が合わない。

 しかし、人間は年をとると丸くなるようで、ボクなりに演歌系にもずいぶんと寛容になったと思う。カラオケでちゃんとサブちゃんを唄うようになった。でもその逆の現象を見せる(演歌⇒洋楽)はほとんど見かけない。

 どうしてだろう? これも感性の違いかも。

posted by sankiyou at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | ネットの穴かがり